田舎に暮らすぞ計画

東京を離れ、田舎に移住・・・八ヶ岳山麓での生活と田舎暮らしDIYの、発見の日々を綴る田舎暮らしブログ。

小学校で稲刈り授業|クラスで作ったお米を収穫

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台風が来る連休前、今日はお米の収穫です。収穫するにはベストの秋晴れとなりました。

 

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今日は朝から、授業はお米の収穫です。

5年生が春の田起こしから初めて、稲穂もあっというまに育ちました。今年はすこし背が足りないそうですが、ちゃんと育つものですね。役員さんや指導してくださった方のおかげです。

父兄のヘルプもそこそこ集まりました。

事前に手順を練習したようで、さっそく作業にとりかかります。

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一組と二組で挟み込むように穂を手鎌で刈り取っていきます。

 

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それをこのように斜めに3束ほど重ね合わせて…

 

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藁か紐で縛っていきます。

紐が短くて、藁のほうが慣れるとやりやすいです。

父兄はこの作業がメイン。

 

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けっこう作業は早く、なかなかのスピードです。

お昼前には終わっていました。

 

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刈った稲穂は、学校のプールのフェンスに干します。

なるほど、ここに干すから三つを互い違いに束ねたのね。

 

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最後はカカシと記念撮影。

おかげで、私も田舎の学校生活をまた一つ味わえました。

食べるのも楽しみですね。

小学校の運動会|そして組体操を見て思ったこと

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八ヶ岳はずいぶん涼しくなり、朝晩は寒いくらいです。
5年生の植えた田んぼは黄金色になりつつあり、間もなく収穫です。
そんな中、昨日は小学校の運動会でした。

台風の影響で、1日延期しての開催。雨も覚悟したのですが、なんと晴れ間も出て涼しい1日となりました。

毎回思うのですが、この学校の天候判断が絶妙に良くて、いつも感心しています。

ちなみに隣の学校は前日の雨の中を決行。(昨年も同じく雨天決行していたような…)

いろいろ事情はあると思いますが、この小学校はほんと凄いと思ってしまいます。

 

私もキライな組体操、だけど子供は…

最近は組体操をしない学校が増えているようなことをニュースで目にします。

私も自由奔放主義ですから、組体操のようなものは嫌いで、無くなってもいいんじゃないかと思っていました。

しかし、子供はといえば、家に帰ってからも、倒立やサボテン(組体操の技)の練習を喜々としながらやっています。

出来ることの喜び

なるほど、今回高学年の組体操を見ていて、思うところがありました。

得意な子も不得意な子もいます。

見ていて、やっぱり向いてないような子とか、いまいち合わせきれない子とか。

でも、なんというか、それをある程度容認しているんですよね。

出来ない子なりの出来栄え。それをできる子水準のラインに統一させていないというか、ある程度幅がある。

なので、見た目は完璧ではない。けど、目的はそこじゃないことが明らかなのが分かりました。

絶対レベルで物事を押し通すと本来の目的を見失う

先生としては父兄にこれだけ頑張ってやってます!ってところを見てもらいたいと思うのは当然です。でも、そこに見た目傾倒してしまうと、あれ?っておかしなことになってしまうのでしょうかね。

いつしか人は、物事が相対的ではなく、絶対的なものとしてみるようになり、「でなければならない」と思い始めることがあります。

さらにそれを超えて、そうじゃなかった、と気づくことができたら、それが成長ですね。

早い時期にそれがわかると良いのですが。

小学校でお米作り③|参観日は田植え作業

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代掻き作業に続き、今回は田植え作業を行いました。

金曜日の参観日でもあります。

行けなかったけどね(泣

学校の授業で田植え体験とか、うらやましすぎるんだけど

残念ながら私自身はこの日仕事が入ってしまい参加できませんでしたが、父兄も多く来て楽しんだようです。

代掻きをして水を張った田んぼに、苗を植えていくのですが、事前に準備するものとして、家の子は数日前に2Lのペットボトルを学校に持っていいきました。

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苗かごという苗束を入れる容器の代わりというわけですが、昔は水切りができる竹籠などが使われていたようです。

 

それから、苗をまっすぐに植えるために、型付けという線を引く作業をあらかじめするようです。

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確かに、これ型付けしないと、でたらめに植えそうですね。

 

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苗がなくなったら、お父さんお母さんが苗束を子供に投げて渡す、ということを繰り返し。

 

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最後は全員田んぼに入って作業をして植え終わったそうです。

ちゃんと実るといいね。

小学校でお米作り②|代掻き…祭り!?

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昨日の雨が止んだものの、今日はすこしヒンヤリしてたのですが、午前中の学校の授業は、田んぼの代掻き(しろかき)。

泥と戯れる経験、そんなにないよね

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私が見に行った時には、子供たちはすでにドロドロ祭りでした(笑)

初めに遊ばせといて、そのあと代掻き作業ってわけですね。先生賢いわぁ。 

 

代掻きとは

田起こしした田んぼに水を張って、土を細かく砕き、丁寧に掻き混ぜて、田んぼの表面を平らにする作業です。田んぼの水漏れを防ぎ、苗を植えやすくし、苗の根付きと発育を良くします。雑草の発生を抑える効果もあると言われています。

代掻き (しろかき) | 伝統農具と稲作 | 食料 | くぼたのたんぼより

 

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通常、トラクターであっと言う間なのですが。

 

 

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これを、人海戦術でやるってわけですw

代掻きは荒代 (あらじろ) 、中代 (なかじろ) 、植代 (うえじろ) の3回行うのが一般的です

すでにドロドロ合戦で荒代は終わっているようですので(笑)、次は2組半分づつ列になって踏み踏み(中代)してきます。

 

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仕上げは、柄ぶりというT型の道具で泥を平に慣らしていきます。

 

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その間に、他の子たちは、田んぼの外周を回って周囲の泥を柔らかくしていきます。これも重要らしく、必要な作業。

 

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せっかくでしたので、私もちょっと入ってみましたが、けっこう冷たく、泥の中にときおり小石がまざってて、けっこう痛い!これ走れんよw

 

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子供たち、なかなか上手です。

 

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意外とあっさりと終わってしまいました。

前回の田起こしの大変さを考えると、今日は楽勝だったかもしれません。

 

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側溝の水で泥を落として、

 

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暖かいアスファルトで休憩かw

 

これは田植えも楽しみですね。

小学校でお米作り①|田起こし体験

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明日からゴールデンウィーク。校舎前の桜はまっさかり。

富士見でも米作りの作業が始まっています。

小学校で田んぼの授業 田起こし作業

そんな田舎の小学校では5年生になると、田んぼでお米作りをします。

学校の前の広がる田園の一角を借りて、作業が始まりました。

冬の間は、氷を張って、低学年のためのスケート場となっていた場所です。

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ここを春になると、5年生がお米作りをします。

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私も田んぼのこと、ぜんぜん詳しくないのですが、まずはじめに、田起こしという作業をします。

これは、次の工程の代かきという水を張ってドロドロにするときに土が細かく平になるためにおこなうもので、本来乾燥しているときに田起こしをやるそうです。

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だのに今日はあいにくの天気。

ただ、前回は雨で延期になり、明日からGW連休がはじまるので、後がないということなので、先生は決行!田起こし開始です。

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子供ら悪戦苦闘?

なんというか、

もう、もっちモチ♪(笑)

そして、クワがかなりオンボロですぐ抜けてしまう子が続出。

私は終始柄が抜けたクワの修理をしていました。。

 

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隣の田んぼはトラクターであっという間ですかね。土壁も完璧に仕上がっています。

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そのあと、水路から水を流し込んで、代掻き作業も早いです。

 

みんな人界戦術がどれほどのものかを味わったのでした…

5年生の田んぼも、この後、クラスの子のおじいちゃん?が田起こしやってくれるそうです、、、

それでもクワをもって耕したこの無駄とも思える作業体験、ここにうらやましいと思えるのは私だけでしょうか。

勝手に参加しに来たおバカな父兄は私一人だけでしたけどね。

二度とない毎日。なるべく意識して過ごしたいものです。

卒業シーズン思うこと

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昨日は地元の小学校の卒業式でした。

うちの子はまだ4年生を終業しただけなのですが、クラス全員号泣してたそうです。。

出会いと別れはワンセット|だからこその

いいときに、いい場所で、いい体験してます。うちの子。

幼稚園のときから、先生との別れ、クラスとの別れをいくつも体験して、そのたびに泣いて。

今年は3年生と4年生の2年間をお世話になった担任のK先生そして副担任のN先生の二人ともの転任が決まり、卒業式後の離任式のときに大騒ぎ?になったみたいですね^^;

悲しいけど、まったくもってうらやましい。

 

私が小学校のときなんかは、なんだろ、まぁ楽しかったこともあるけど、先生の別れなんかまぁちょっと残念くらいなもので、次の先生が厳しくない先生であることを願ってたくらいでした。ほんと、なんか冷めてましたよw

3年生の時なんかは今で言う学級崩壊おこしていました。でもその一年間がいちばん思い出深かったりします(笑) 今思えば先生にはほんと迷惑かけたなぁ、、と思います。

 

八ヶ岳のこの小学校では、たくさんのよい想い出ができていたという証拠ですね。

学校が良い悪いということではなくて、それぞれがどんな経験をして通えたかということが、本当の意味での良い学校ということになるのではないでしょうかね。

人はとかく形や目に見えるものにとらわれてしまいます(〇〇学校はいい評判など)。でも実際は自分が見て味わったものだけが全てだったと気が付くかもしれません(山全体は存在しなく、味わった一本道がすべてだった)。

子供と過ごせるわずかでも大事な時間、親は仕事や家事のことでてんてこ舞いして明日を見ながら過ごしていてはいけません。

 

大事なのは今、あり続けること。

子供は、概ね、今にいることが多く、大人は、概ね、明日のことがわかっています。

だから、大人は、明日という幻想にとらわれて、今という時を明日の為に費やします。

私もしょっちゅうハマってます(笑)

だから、迷ったら、思い出します。

もし子供の寿命があと2-3年ですって言われたら、あるいは、自分の寿命がそうですって言われたら、

それでも今の生活を続けていられるか?

子供が学校に行くのに「行ってらっしゃい」という一言も、どんな思いで言うのか。

そんなに他人より良い成績の学校に通わせることが大事だったのか。

子供そっちのけで今やってることは、本当に重要なことだというのか?

 

今、あり続けること。

 

そんな親の行動に子供は感化されるものです。

小学生活はあと2年。

じっくりと味わってね。

 

小学校のクラスで作った氷のライトアップ

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今年はとにかく気温が低い!

寒いです。

そんな中、小学校の運動場がきれいに彩られました。

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毎年学校のクラスで氷のランタンを作って夜にライトアップさせています。

どんぶりのお椀を型にして作ったようです。

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何気ないイベントですが、ほっこりしますよ。

 

 

小学校のマラソン大会

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昨日は小学校のマラソン大会でした。

1-2時間目を利用して2学年づつ走ります。コースは学校周りの田んぼの中をぐるっと1周します。

この最高の天気のなかを、最高の空気を味わって走れるって、本当にうらやましい限りです。いまとなって、そんなことがシミジミわかります。

この当たり前の価値の高さにこの子供らが気付くためには、そもそも親が気付いてなければいけないんじゃないでしょうかと思います。

 

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この日は授業もそぞろ、後半は教室でハロウィンパーティだったようです。

運動場前の階段には、4年生の畑でそだてたカボチャを使って、ランタンがつくられまして、夜には先生がロウソクをつけてくれ、それを見に行きました(子供はほとんど鬼ごっこしてたけどw)

 

もう11月。寒くなってきました

富士見の小学校で学べること|英才は無し、自然の中に溶け込むには最適

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当たり前に気づくことができる、

そんな人なら、富士見の環境は最適じゃないでしょうか。

こんな環境の小学校は、ほんと、うらやましい限りです

富士見町の小学校生活はけっこう楽しそうという話

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先日は土曜参観で学校にいったのですが、後半は、西村先生の講演会でした。

西村先生というのは、富士見の小学生ならだれでも知っている、自然観察教室の先生です。

富士見在住の写真家であり、やまねの写真家で有名ですが、年に数回、学校の青空教室での授業もやってもらっています。

やまねウエストヴィレッジ|自然写真家西村豊の公式サイト|ネイチャーフォト・プロダクション

私は、学校教育の勧善懲悪的な考えのもとでの教えというのがすごくキライなのですが、外部からのこういった風が、子供にすごく影響しているのは、子供の話を聞いていて感じます。

その日の講演は全校と父兄があつまってでしたが、

「好きこそものの上手なれ」

そんな話でした。

賛成です。

多くは、好きにしたらいい、といいつつも、感情的にはそうはいかず、なにかをやらせよう、こうあるべき、そうさせまい、として子供と接してしまいます。

それでもまだ、あとから、ああ!言ってしまったと後悔できればいいのですが、それすらも気づかない場合は、もう、人生の宿題が残ります。

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ウチの小学校では各学年ごとに畑を植えていて、先週はイモやら大豆やらを収穫したようで、教室の前に置いてありました。

5年生になると田植えもするようです。

学校の周りは田んぼと畑ばかりで、甲斐駒が常に見えています。

帰りによく木の実とかひろってきます。

冬はパノラマスキー場で1日スキーがあったり、

なんといっても、冬季の体育の時間は、学校の前にある田んぼを凍らせて、スケートをします。1日小淵沢のスケート場にもいっています。

3年生になってからは、遠足はもちろんですが、諏訪湖めぐりをしたり、カゴメの工場見学などにいってますが、行事がおおいです。

そして、なんといっても、音楽祭。運動会より楽しみにしています。

といっても他の学校でもそれぞれだと思いますし、この小学校が特筆だとは思いません。

ただ、自然の中にいる感は大きく、教える側にも良い影響なのかなぁとは思います。

 

空気がおいしい、水がおいしい、それだけで、もうすごいことなんですけどね。

子供の反応を見て|上から目線をさらに超えた視点で感じる

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梅雨の中休みの晴れ日。クラス役員出動です。

学校行事で、近くの川のゴミ清掃に参加してきました。

1-2年生は狭いエリアでの地元の川のゴミ清掃でしたが、ゴミはたいして無く、その後すぐに水遊びタイムになりました(笑)

というか、これが本当の目的でしょう。

田舎の子といえども、川に入る体験はそう多くないようです。

はじめは河原におりるのもオドオドしていましたが、帰りは水の中をジャバジャバやって歩いています。

八ヶ岳から流れる水は夏でも冷たく、今日は晴天ということもあり、子供は大はしゃぎです。

「水が冷たい!」とか「お尻が濡れた!」とか、

そのくらいのことでテンションMAXになれる子供が、

いかにシンプルに生きているかを感じさせられます。

大人がいかに「都合」で生きているか。

そして、生活のためとか、将来のためとか、理由をつけては、「都合」の渦中にはまって苦しんでいるのは、どこの誰だか。

大人こそが、子供のように遊ぶ体験をしたほうがいいんじゃないかな?!

子供のシンプルな反応を見て大人は、そうじゃない・それはわかっていない、と上から目線な反応をしてしまいますが、そのさらにずーっと上から目線で俯瞰しますと、おバカなのは自分自身(大人)だった・・と気が付きました。

自分自身が癌になったり、窮地に陥ったりした人は気が付きます。

明日のために生きていることが、いかに今日(今)に申し訳ない過ごし方をしているかということが。

五体満足で何不自由なく生活できていると、まったく無知と惰性とあたりまえで生きてしまいます。

それに気が付けるかどうか。ここが運命の分かれ道。

 

別に上手く生きようなんてしなくてもいいのだ